自分が人生で一番見る事が多い文字というのは、自分の名前らしい。

自分の名前というのは、親が子供に贈る最初のプレゼントらしい。

それなら結婚して自分の名前が変わってしまうというのはどうなんだろう?あ、結婚して変わるのは名字か。つまり名前というのは何をしようとも変わらない、というか変えられない。決して変える事が出来ない物を贈られるってどうなんだろう?人によってはなかなか迷惑だと思う。一生外せないって、それってもはや呪いの道具じゃない?

とにかく私は自分の名前が大嫌いだった。

私の名前は山田花。

そんな平凡でなんの個性もない、自分の名前が大嫌い。


「加藤さん、ちょっとすいません。先日依頼した資料で、数字についてなんですけど。日付部分が半角になっているのに、本文の方では全角になってるのって何か特別な意味があります?」

「あ、いや特に意味はありません。私のミスです。すいませんでした。修正して再度提出します」

「はい、よろしくお願いします」

「というか最初からそれをやって、提出してくれません?」

危ないあぶない、危うく本音まで言葉にしてしまう所だった。「最近の若い人は〜」なんてセリフ絶対に使いたくないって思ってたけど、最近の若い人はとにかく仕事がいい加減だ。資料のミスぐらい自分で気づいてほしい。半角か全角かぐらい自分で一度見直せばわかるはずだけどな。そう思いながらお手洗いに向かうと、何やらヒソヒソと女性社員同士が話している声が聞こえる。

「山田さんってほんとサイボーグみたいだよね。すっごい細かいし、全然笑わないし」

先ほど注意した加藤さんが愚痴っていた。

「私が細かいんじゃなくて、あなたがいい加減なの」

正面から思いっきりそう言ってやりたかったけど、若い人と話すのが苦手な私はひとまずその場を立ち去る。


「自分が若い時は〜だった」なんてセリフ絶対に使いたくないって思ってたけど、私が若い時はとにかく仕事に時間を費やした。一流のスタイリストになる為に、毎日ファッション雑誌を読み漁り、ファッション辞典を読み漁り、海外のコレクションをくまなくチェックして、休みの日でも表参道、青山、渋谷、代官山で街行く人のファッションチェックをした。もちろんそれだけじゃ出世なんて出来ないから、職場でも当たり前の事を完璧にこなしてきた。掃除からお茶の補給、誰かに言われてからやらされるのがめっぽう嫌いな私はなんだって自分が主体で仕事をしてきた。もちろんそんな事にお礼を言ってくる人はいない。でもそんなの関係ない。やらされ仕事なんて絶対にやりたくない。資料作りだって一度たりとも手を抜いた事はない。ホチキスの位置すら注意深くやっていた。私は仕事において手を抜いた事なんて一度もない。

でも見てくれてる人はやっぱりいた。日頃の仕事を評価していただき、私は二十五歳という異例のスピードでスタイリストに任命された。

「お前は個性的なファッションではないけど、でも確実に一般ウケするファッションを提案してくれる。会社もお前にはそういう所を期待しているからな!」

私のファッションは一般ウケする。これって褒め言葉なんだろうか。私は素直に受け止められずにいた。

それから十年経った今、周りからはトップスタイリストと呼ばれるようになった。インスタグラムのフォロワー数は十五万人にもなった。もちろんフォロワー数で全て判断するわけではないけど、この数は素人としては異常な数だった。芸能人でもフォロワー数が一万人いくのは一握りだと聞いた事がある。

人気の要因としてよく言われるのが、「山田花の服装は真似しやすい」という事。一流モデルや人気芸能人のファッションはどうしても個性が強くて、一般人には真似しにくい。その点山田花の服装は一般人に近くて、真似しやすいという事だった。

「何になりたいか」と問われれば、「憧れの女性」になりたい。ただ、それだけ。

でもいつだって「憧れの存在」というものはオンリーワンの存在だ。その人だけにしか出来ないというか、誰も真似できないというか、私はそういう存在に憧れていた。

今日のお昼もいつもと同じように会社前にいつも来るキッチンカーの前で、バインミーサンドイッチが出来上がるのを待つ。その間に一体何人の男がすれ違い際に私の顔に視線を向けたのだろう。そんな視線にはもう慣れた。もちろん私は動じない。きっと私はモテる部類の女性である事は間違いない。でも、私が求めてるのはオンリーワンの存在になる事だ。


小学生の頃の私は周りの友達や、友達のお母さんから、

「花ちゃんは可愛いね〜」

「花ちゃん綺麗〜、将来は女優さんだね」

とチヤホヤされながら育ってきた。たしかに可愛いと言われる事は嬉しかったけど、その言葉をどこか素直に飲み込めない私がいた。

自分が周りの女性と違うと自覚するようになったのは中学生の時。

中学校に入学してまもなく、学校の男子たちが私の事を観るために、教室に来るようになった。そしてそれに比例するように学年問わずいろんな男子が私に告白をしてくるようになった。仲の良い友達から顔も見た事がない男子まで。そして私は三年生で、学校イチイケメンの先輩から告白されて付き合い始めた。

思春期の頃の女子というのは不思議なもので、謎の先輩補正機能というものが搭載されている。だから“先輩”というだけで謎にカッコ良く思えてしまうのだ。そんな補正機能を搭載した彼女達からしたら、学校イチイケメン、そしてなにより三年生と付き合っている私は憧れの眼差しで見られるようになった。

「あぁ、私は周りとは違うんだ」

私はこの頃、私は美人なんだと自覚した。

そして私の意識を変えたのは男からの視線だった。オンナはオトコに見られて初めて女になる。

中学生ながらに私はこんな風に思っていた。

それを自覚するようになってから、その期待を裏切らないように、肌・髪型・服装・仕草などあらゆる面において努力を怠らなかった。見た目だけで、中身が空っぽなんて思われたくなかったから勉強だって手を抜かなかった。毎日私はプレッシャーを感じていた。でも美しい者はいつだって、そのプレッシャーを背負わなければいけない。

謂れのない嫉妬からか、周りの女子から嫌がらせを受ける事もあった。でもそんな嫌がらせ、正直私には全然平気だった。強がりでもなく、本当に気にならなかった。夏場に蚊に刺されて本気で蚊に対してキレる人っているだろうか。急な雨に打たれて、本気で雨にキレる人っているだろうか。私にとって、彼女らの嫌がらせは宿命だと思っていた。美しい女は誰よりも好かれて、そして誰よりも嫌われる。そういう宿命なのだ。

それからの私は、常に女性の憧れであり続けた。高校でも、大学でも常に私は周りの女性の憧れであり続けた。

満員電車でも男の人は寄ってこないし、席もすぐに譲られる。満員電車でも立ってたという記憶があまりない。


若い頃は女性の憧れになる事は簡単だった。

外見に気を遣って、ある程度の常識さえ身につけていれば容易くみんなが憧れてくれた。

でも年齢を重ねる度に女性の憧れになる事はどんどん難しくなっていった。ただ容姿が良ければ憧れられる、そんな年齢は過ぎてしまった。ある程度の年齢になると容姿だけじゃ女性の憧れの存在になる事は出来ず、仕事も一生懸命頑張った。そうすると今度は「女なのに料理も出来ない」とか、「ファッションセンスがダサい」とか、とにかく女の場合は採点項目が多過ぎる。

何かが出来ていても、「でもブス」とか、「でも仕事が出来ない」とか、「でも女子力がない」とか、とにかく完璧を求められる。

だから私はできる限り完璧に近づくように努力をした。

でもある時、トイレで聞いてしまった。

「山田さんっているじゃん?うちのスタイリストの」

「あぁ、なんかインスタのフォロワー数がすごい人でしょ?」

「あの人あんな派手な見た目なのに名前が山田花じゃん?笑」

「なに笑ってるのよ、そんなの名前なんだからしょうがないじゃん(笑)」

「でもこの前トイレでばったり会った時に『トイレの花さん』って思ったら笑いこらえるの必死でさ(笑)」

「まぁ確かに、あの感じで『山田花』はねー」

「しかも雑誌のインタビューで『女性の憧れになりたい』とかって答えてて、いやいや山田花じゃ無理だろうって思って(笑)」

「清華、ほんと性格悪いなー」

「確かにすっごい美人だし、仕事もできるんだけど、”でも名前が平凡だからねー”」


私には唯一コンプレックスがある。それはどうしたって直す事ができない。

それは名前だ。

山田花。

あまりに平凡なその名前が、私にとっては呪いの装備のようだった。

どんなに見た目が美しくても、どんなに着る服、使う化粧品、食べ物、すべてにおいて努力をしても、誰かに名前を呼ばれるたびに、

「お前は平凡な女だ」

そう言われている気がした。

書類提出時に、「本名ですか?」なんて聞かれた経験ある人いるんだろうか。病院で名前を呼ばれると必ず周りの人から顔を見られる。

「顔はすごい綺麗なのに、名前が普通だから親近感湧く」

これを素直に褒め言葉として受け取れる人なんているんだろうか。

どんなに努力しても、私の平凡な名前が呼ばれるたびに、どうしても自分は個性のない平凡な女だと思ってしまう。

先日もテレビ局の取材を受けた際に若い女性アナウンサーは堂々と私の事を「山田花子」と呼んでいた。あの時はついカッとなってしまい強く言ってしまった。

あの時ついカッと来てしまったのはきっと、彼女のミスに怒ったんじゃない。個性的な性格の女性だったから、ついあの子に姿を重ねてしまった。


あれはまだ私がスタイリストとして仕事を始めて三年目ぐらいの頃、毎日の業務に追われ、日々疲弊していく私を見かねた当時の上司から、アシスタントをつけてもらえる事になった。ただ入社して間もない若い子をアシスタントにつけれても正直、仕事の助けになるんだろうかと疑問だった。

「堤暁子です。なんでもやりますので、どうぞよろしくお願いします」

緊張した様子で頭を下げる彼女を見て、若い子にしてはガッツがある子なのかなと、少しだけ期待した。

でもその期待はすぐに裏切られた。

頼んでおいた服のサンプルが当日に間に合わなかったり、そもそもサンプル依頼をしていなかったり、私が徹夜で作った資料を容赦なく消したり、取引先に対して間違えた発注書を送ったり、とにかく簡単なミスを連発した。

やる気はあるんだろうけど、そのやる気が空回りしちゃうのか、とにかく暁子はミスを連発した。

私の仕事は軽くなるどころか、むしろ一人でやってた頃よりも仕事量は増えていった。

雑誌の撮影が終わり、やり残していた明日の会議資料を作るためにこれから会社に戻らなければいけない。今日もきっと終電だな、花はそう覚悟を決めた。

「はぁ、厄介な子がアシスタントでついちゃったなぁ」

明日部長に会ったら、暁子をアシスタントから外して下さい、そうお願いしようと思ってデスクに戻ると暁子が一人で黙々と作業をしている。

「あれ、堤さん?まだ残ってるの?」

「あ、山田さん。すいません。明日の資料作ってみたんですけど、確認してもらえませんか?」

「え、でも資料作りは頼んでないわよ」

「でも、本当はこういうのってアシスタントの仕事だと思うんです。だから本当なら私がやらなきゃだと思うので」

確認すると、正直そのまま使えるレベルではないが少しの修正をすれば充分な出来だった。それに何より着眼点が目からウロコだった。こんな考え方あるんだと思ってしまった。「絶対に自分じゃ思い浮かばない」私は暁子の独特なセンスに何か光り輝くものを感じた。終電を覚悟していた私は、そのままの勢いで暁子を飲みに誘ってみた。

「堤さん、仕事どう?大変じゃない?」

ここで彼女が大変だと言ったら、彼女の為にも、私の為にも部長にアシスタントを外すようにお願いしよう。そう決めていた。

「いえ、毎日楽しいです」

え?

「毎日ミスばかりで、山田さんとか周りの方達に迷惑ばかりかけて仕事は確かに大変ですけど、私はファッションが大好きなので」

彼女に言われてハッとした。いつの間にか忘れていた、その気持ち。

「そっか!そうだよね、大好きなファッションの仕事が出来ているんだもんね、私たち」

それからいろんな事を話してみて、彼女の仕事のミスの原因がわかってきた。彼女は私に誘われた今日の食事中、最初の頃は目に見えて緊張していたが、お酒の力もあってか、いまではすっかり緊張が解けている。彼女はきっと仕事中とにかく肩に力が入り過ぎているんだと思う。まぁそりゃそうだよな、いきなり見ず知らずの女の先輩の下でアシスタントとして働けなんて、新卒の子に緊張しないで働けなんてそりゃ無理な話だ。

それから暁子は私に対する緊張感が解けたせいか、ミスがすっかりなくなり、なんなら私にアドバイスをしてくれるようにまでなった。

「花さん、ここのアクセサリーはあえて大きくした方が、Tシャツのロゴが映えると思います」

「花さん、このコーデにはサンダルよりもあえてキレイめなパンプスのほうが働く女性って感じがします」

暁子のアドバイスは的を得ていることもあれば、的外れな時もあった。それでも暁子のアドバイスには助けられる事が多かったし、やっぱり暁子の感性はどこか独特なものがあり、常識や慣習に侵されてしまったしまった私では思いつかないアドバイスばかりだった。

暁子のアドバイスのおかげで私のスタイリストとしての評価は急上昇していった。

きっとこういう個性のある子がいつかみんなの「憧れの女性」になるんだろうな、そう思っていた。

「暁子を必ずスタイリストに育て上げよう!」

私は密かに決めていた。


それから私は暁子に多くの事を要求した。それは自分が若い時に自らに課していたものだった。

毎日ファッション雑誌を読み漁り、ファッション辞典を読み漁り、海外のコレクションをくまなくチェックして、休みの日でも表参道、青山、渋谷、代官山で街行く人のファッションチェックをしなさい。

そしてその報告書を必ず毎週月曜日朝イチ私に提出しなさいと。

日に日に彼女は疲弊していっていたが、私はそれも暁子の為だと思い、あえてその様子を気づかないフリをしていた。

そして彼女も最初の頃こそ真面目に報告書を提出していたが、だんだんと提出が遅れたり、提出しないようになっていった。

見かねた私は暁子を呼び出し、説教を始めた。

「なんで提出しなくなったの?私は提出しなさいと言ったよね!」

「だって業務上関係ないですし」

「え?」

「あんな報告書、会社の指示じゃなくてただの山田さんの指示じゃないですか。なんでいきなり私だけあんな報告書を書かないといけないんですか?嫌がらせですか?」

「そんなつもりじゃない。私はあなたの為を思って」

「私の為?私はあなたの要求する事をこなしていったら自分の時間が無くなりました。そのせいで結婚を考えていた彼から振られました。あなたのせいで私の人生が壊れそうです。勝手に私の人生に踏み込んでこないでください!!」

彼女は今までの鬱憤を爆発させた後、最後に一言だけ言って私の前から去って行った。

「当たり前のコーディネートしか思いつかない個性のない山田さんにみたいにはなりたくないんで」

彼女は翌朝退職届を持って出社してきた。それが彼女と最後のやり取りだった。


「なんか山田さん、イメージ変わった?決して悪くないんだけどさ、何というか個性がないというか、普通というか。もちろん一般ウケするのは間違い無いんだろうけど」

暁子が私の元を去ってから頻繁にこんなような事を言われるようになった。

普通・平凡・一般的

「人は着ている服のような人になる」

ナポレオンがこんな言葉を残していた気がするけど、

「人は自分の名前のような人になる」

これは私が後世に残す言葉だ。

山田花、こんな平凡な名前の私だ。個性なんてなくて当然だ。

考えてみれば当然だ。今までの私の服装は、自分の容姿に頼りきったコーディネートで、雑誌のマストバイとか、モデル着用とか、服がどうこうってよりもそういうもので選んでいた。だから自分の感性で服を選んだ事なんてほとんどなかった。とりあえず流行りの服を着ていれば、とりあえず自分は可愛くいられたから。

「当たり前のコーディネートしか思いつかない個性のない山田さんにみたいにはなりたくないんで」

暁子に言われた言葉が、毎日のように脳内で再生されていた。私はその音をかき消すかのように、とにかく仕事に没頭した。

いつの間にか笑う事も忘れるくらい、仕事に没頭した。

そんな昔の事を思い出しながら私は今流行りのバインミーサンドイッチを食べる。


その日は朝からテレビ局の女性アナウンサーのスタイリングの仕事が入っている。よりによってその女性アナウンサーとは先日私が強く言ってしまった、あの中島由美アナウンサーだ。

「普通気まずくて他のスタイリストに依頼しないか?」

そんな事を思ってたけど、今回は仕事だ。割り切って仕事をするしかない。

「先日は大変失礼な事を言ってしまい、申し訳ございませんでした!」

会うなりいきなり、中島さんは私に頭を下げて来た。こんな対応されたら私は許すしかなくなる。

「いえ、こちらこそ大人げない対応取ってしまい申し訳なかったです」

ひとまずその場は和解した雰囲気を出してその場はなんとかおさまった。

仕事に手を抜く事は一切しないので、私は一生懸命彼女に合うスタイリングを考えた。彼女も私のスタイリングを気に入ってくれたみたいだった。

「やっぱりトップスタイリストの方にスタイリングしてもらうと雰囲気全然違いますね!私このスタイルとっても好きです!」

中島さんは目を輝かせながら私を褒めてくれた。その表情からお世辞じゃない事が伝わる。

「あ、そうだ。この間のお詫びにと思って、花さんに是非聴いてほしい曲があるんですよ」

普通お詫びの品ってお菓子とかじゃない?ついそんな事を思ってしまった。

「そうなんですか、ありがとうございます。どんな曲ですか?」

Ms.OOJAさんっていう歌手で、『花』っていう曲なんですよ。あ、いま曲名だけで選んだと思いましたよね?違うんですよ!この前の取材で伺った内容と歌詞が妙にリンクしてる気がして!私もこの前の番組で紹介されてから知った歌手なんですけど、すごい女性の気持ちを上手く代弁してくれていて。ちょっと今音楽流してもいいですか?」

「ええ、ぜひ聴いてみたいです」

中島アナウンサーは自分のスマホから曲を流し始めた。

 

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言葉に出来なくて 一人で抱えて

こらえた涙さえ笑顔で隠した


本当の私きっと

そんな強くないけど

負けそうな夜はそっと

一人つぶやくの


明日がまた来るなら

花のように 笑おう

千切れそうな痛みのぶんだけ

咲き誇るように


消せない過去がまた

胸を締め付ける

ただ流れゆく時間は

逃げ道も教えてくれたけど


真っ直ぐ進むことを

恐れなかった日々に

もう戻れないことも一つの答え


明日がまた来るなら

花のように 生きよう

通り過ぎた痛みのぶんだけ

咲き誇るように


いつの間にか 忘れていた

張り裂けそうな心

声を上げて 笑ってた 泣いていた

失くしたものだけじゃないよ

優しさだけは忘れたくないから


明日がまた来るなら

花のように 笑おう

千切れそうな痛みのぶんだけ

咲き誇るように

私を生きよう

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本当に自分の事を歌っているかのような曲だった。

「ね、なんか花さんの事を歌ってるみたいな気がしません?」

「中島さん、ありがとうございます。一つ聞いてもいいですか?」

「私で良ければ!」

「私のスタイリングって個性的ですか?」

思いがけない質問だったらしく、彼女は一瞬困惑した表情を見せ、少し考えてから由美は答えた。

「個性的というか、花さんらしいですよね、すごく」

「私らしい・・・ですか?」

「はい、すごくベーシックなんだけど、その中に必ず一点目立つポイントを置くというか。それがすごく花さんらしいと思います。それが花さんの個性なんだと思いますよ。だから、そのままで、今の花さんで大丈夫です!」

そっか。私は「個性」を人と違うものだと勝手に思い込んでいた。人と違うのが「個性」なんじゃなくて、自分らしい事が「個性」なんだ。誰かの真似なんかしたって意味ない。


花:可愛らしいイメージがありながらも、踏まれても踏まれても咲いていけるような強い力を持っている。たとえ、逆境にあってもそれをバネにして、咲き誇れるように。


花のように、

咲き誇るように。

私を生きよう。