Footprint

「加藤さん、ちょっとすみません。先日依頼した資料で、数字についてなんですけど。日付部分が半角になっているのに、本文の方では全角になってるのって何か特別な意味があります?」

「あ、いや特に意味はありません。私のミスです。すみませんでした。修正して再度提出します」

「はい、よろしくお願いします」

トップスタイリストである山田花さん。彼女はとにかく細かい事で有名。資料の細かさはもちろん、スタイリングの際のアクセサリーの大きさ、襟の立ち具合、靴の紐の色など事細かに指示をしてくる。

この春から花さんのアシスタントにつき始めたけど、周りのみんなからは、

「うわー花さんの下かー、キッツイねー」

「ドンマイ!飲みには付き合うからね、頑張ってね」

たくさんの励ましの言葉をもらった。それぐらい社内で花さんの細かさと厳しさは有名だった。何年か前にはあまりの辛さにアシスタントが逃げ出したらしい。

たしかに花さんの下はかなりキツい。まぁまぁ理不尽な事で怒られるし、私の状況お構いなしに仕事が降ってくる。だからついトイレで愚痴ってしまう事もある。それでも周りの人もその愚痴に対して予想以上に乗っかってくる事がほとんどだ。

つまり、花さんは社内で少しだけ浮いていた。

どのグループでも女子同士が仲良くなる方法が必ずある。それは共通の敵を作るという事だ。敵というと少し語弊があるかもしれないけれど、みんなのネガティブの矛先を誰かに向けるのだ。みんなの矛は一本しかないから、その標的に矛を向ける事で自分たちに矛が向かなくなるという訳だ。悲しいけど、共通の敵を作らないと人って手を組まないんだなぁと思っていた。誰かを「嫌い」っていう話をするとほんの一瞬だけ仲良くなれた気がする。

「花さんのああいうとこが嫌い」

「そうだよね」

ものすごくお互いが共感したように感じる。だから私も花さんに矛を向ける事で自分を守っていた。花さんの名前を馬鹿にする事もあったし、花さんの細かさを馬鹿にする事もあった。

それでも私は絶対に花さんから逃げる事なんてしないとわかっていた。

だって私にとって花さんは、憧れの存在だから。


最初に花さんの事を知ったのは、大学一年生の時。

当時の私は大学進学の為に埼玉から上京し、一人暮らしを始めたばかり。中学まではソフトボール部に所属し、練習に明け暮れた一年中ほとんど休みも取らずに一生懸命練習した。体感的には三六六日ぐらい練習してたんじゃないだろうか、閏年でもないのに。高校に入ってからは甲子園に大きな憧れを抱いて野球部のマネージャーになった。

高校まで、私の青春は部活に熱を入れてたから、私は身なりに対して努力の仕方が全くわからなかった。ボールを遠くに飛ばす方法も、盗塁のタイミングも、大学生活にはこれっぽっちも役には立たなかった。

独りでいる事は恥ずかしい事。

何となくだけど、独りでいる事は悪い事のように感じられるキャンパス内で私はどうにか孤独にならないように、たいして話の合わない子達と一緒に時間を過ごしていた。周りの友達がみんなオシャレに見えたし、化粧なんてした事がない私は完全に一人だけ浮いていた。当然合コンに呼ばれる事もない。周りの友達は、昨日の合コンがどうだとか、社会人の彼氏がどうだとか、わかりやすくキャンパスライフを謳歌していた。そもそもずっと体育会系だったから可愛らしさなんて概念はとうに捨てていたから、「このままじゃいけない」と思い、少しでも周りの可愛らしい女の子のようになる為に、頑張ったバイト代を握り締め可愛らしい服を買いに行こうとした。自分のセンスに自信なんてなかったから、誰かと一緒に行けば良かったのだけど、自分のセンスに自信がないからこそ、独りで行くしかなかった。服を買いに行く服がない状況だ。

田舎から飛び出してきた少女感丸出しで私は初めてルミネに買い物に出掛けた。でもお店に入るたびに

「こいつださいなー」

「何も服知らなそう」

店員さんからそう思われてるような気がして、向こうは優しく声をかけているはずなのに私は「騙そうとしてるんじゃないか」と、疑心暗鬼の中でも赤鬼レベルの鬼が私の心の中で暴れていた為、まともに店内にいることすら出来なかった。店内に入ろうとするも、店員さんの視線を感じたらすぐに店を出るという、不審者丸出し状態でルミネをウロついていると、一つの靴が目に止まった。その靴は鮮やかな黄緑色のヒールで、靴底には綺麗な花柄がデザインされていた。

「可愛い」

私は直感でそう感じた。吸い込まれるようにそのお店へ行くと、試着もせずに私はその靴を購入した。迷いは一切なかった。

お店を出て、振り返る。そこには困った表情をしている私がガラスに映っていた。買うつもりがなかったのに思わず衝動買いすると人はこんな顔になるのだろうか。戸惑いと嬉しさが混じり合ったような困った表情だった。

初めて服を買い行ったはずの私はなぜか可愛らしい派手なヒールを買っていた。とりあえず他に服を買ってみたけど、さっきのヒールを見つけた時のような気分が上がるような服ではなかった。

翌日、早速買ったばかりのヒールと買ったばかりのシャツを着て学校に行くと、

「清華ちゃん、その靴どうしたの?」

いきなり気がつくなんてさすがだなぁなんて思いながら、

「可愛いでしょ?昨日思わず一目惚れして買ったんだ」

「へぇ、そうなんだ。いいね」

さっそく褒められて気分が上がった。やっぱりオシャレって楽しいのかも。授業が終わった後、トイレに入ると、聞こえてしまった。

「清華の今日の靴見た?笑」

「見た、見た。あれやばくない?笑いこらえるの必死でさ(笑)」

「あんな靴履くのどこかの妖精ぐらいでしょ?似合ってないよって意味で『どうしたの?』って聞いたのに、『可愛いでしょ?一目惚れして買ったんだー』って言われちゃって(笑)何も言えなかったよねー」

「清華ってほんとセンスないよねー(笑)」

私は溢れ出そうな涙をこらえながら、まだ走りにくい靴でその場から走って逃げた。


ほんとは授業がまだあったけどその日はもうキャンパス内にはいたくなかった。それに一刻も早くこの靴を脱いでしまいたかった。この靴を見られたくなかった。家に帰ってしばらくボーッとした後、ツイッターをひらく。あんなに傷ついた後でもツイッターをいつものようにひらく私はほんとにオシャレではないものの充分イマドキ女子と言えるだろう。いつもはたまったツイートを軽く親指で読み飛ばす私だけど、あるワードが気になって読み直したツイートがあった。”オシャレがわからない女子の為のブログ”というタイトルのツイートが誰かにリツイートされている。そのツイートには、ブログのURLが貼り付けられている。

それこそが花さんとの出会いだった。そのブログは花さんがオシャレをわからない女性向けに始めたもので、素人の初歩的なファッションの質問に対して彼女が真摯に回答するという内容だった。

「コンサバって何ですか?」

「直訳すると『保守的』という意味ですが、とってもわかりやすくいうとキャリアウーマンみたいな服装です。雑誌でいうとoggiって言った方が伝わりますかね」

「ワンピースとオールインワンの違いって何ですか?」

「下がスカートタイプになってるものがワンピース、下がズボンタイプになってるものがオールインワン。こんな覚え方で問題ないかと」

彼女は今までのオシャレな人とは少し違っていた。ファッション素人がわかりやすいように、誰もが知っている言葉で説明してくれている。オシャレな人はいつも感覚で説明してくる。特にショップの店員さんがそうだ。昨日の買い物でも、

「このシャツを着ればこなれ感が出せますよー」

「こなれ感って何ですか?」

その場で聞きたかったけど、

「こいつオシャレ何もわかってないな」

って思われるのが怖くて聞けなかった。

試しにそのシャツを買ってみたけど、私には似合ってなかったし、きっとこなれ感も出ていなかった。

そこで私は花さんのブログに質問を投稿してみる事にした。

「こなれ感って何ですか?」

正直返事が来るとは思ってなかったし、別に来なくてもそれはそれでいいやと思っていた。それでも質問をしたその夜にさっそく質問の答えの返事が来た。

「『こなれ感』正直抽象的過ぎてイマイチピンと来ないですよね。簡単に言うとキッチリスタイルを少し崩すという事です。ジャケットにパンツをきっちり着ていたら100%キッチリスタイルじゃないですか?でも例えばボトムをワイドパンツに変えるとキッチリスタイルを少し崩した『こなれ感』が出ます。例えは少し違うかもしれませんが高校生で制服を着崩して着てる子達いるじゃないですか?あれも『こなれ感』の一種です。キッチリスタイルの制服のシャツを少しルーズに着たり。ただ、着崩し過ぎると『だらしなさ』が出るので要注意です。質問者さんの場合だと、おそらくそのシャツをキッチリ着てしまったのではないでしょうか?例えばシャツは第二ボタンぐらいまで開けて、キッチリ肩では着ないで、肩のポイントを少し後ろにずらして、ほんの少しだけだらしなく着てみてください。きっと『こなれ感』が出ますよ」

彼女のアドバイスは的確だった。たしかに少しルーズに着てみたら一気にオシャレな人になった。ショップの店員さんは「このシャツを着れば」と言っていたが、「着れば」の奥がこんなにも深いなんて思ってなかった。私はそれから花さんのブログを毎回熟読し、どんどん私はオシャレにハマっていった。


私をオシャレに目覚めさせてくれたのは間違いなく花さんだった。

でも花さんのブログをきっかけに私はオシャレに対する努力を始めた。そしてオシャレに目覚めてから私は初めて自分に自信がついた。それはすごい事だと思う。

私は懲りずにこんな質問を花さんにした事もある。

「花さんは何がキッカケで洋服に興味を持ったのですか?」

今思えば何でこんな質問をしたのだろうと思う。このブログは私だけが観ているんじゃない、その他何万人という人が観ている。そんな中でこんなよくわからない質問をした私は恥ずかしい気持ちになっていたけど、匿名だからいっかと、気にしなかった。

それでも花さんは律儀に私の質問に答えてくれた。

「質問ありがとうございます。洋服は自信をくれるから興味を持ちました。なんというか、私たち女性って男性よりも鏡の前に立つ機会が多いと思うんですよ。でもその鏡の前に立ってあれ?って思う時もあるじゃないですか。『あれ?こんな所にシミが出来てる』とか、『あれ?少し顔太った』とか。それでその日一日ネガティブな日になりそうだなって時にお気に入りの服を着ると不思議な事になぜか自信がつくんですよね。『シミが出来た?顔が太った?だからなに?私の今日の服装は最強だぞ!』みたいな。なんか洋服って毎日を楽しく過ごす為の大事なツールだなって感じ始めてから、興味を持つようになりましたね」

私も全く同じだ。

花さんの存在を知って、洋服やオシャレに興味湧いてからは、

自分が大好きな洋服を身に纏った瞬間、自分の今日の今日の化粧が上手くいった瞬間、「今日の私は最強!」という無敵モードになれる。

セーラームーンが「メイクアップ!」と言って強くなったり、

秘密のアッコちゃんが化粧机の中からテクマクマヤコンを開けて強くなったり、

わたしも同じような感覚な気がした。


私に自信をくれた花さんと一緒に仕事がしたい!

就活の時期になると私はそう思い始めた。花さんみたいに私も人に自信を与えたいと思ったからだ。

だから花さんと一緒に働ける事になった時は今までの人生で間違いなく一番嬉しかった。

憧れの花さんが目の前にいる。私はとにかく花さんに近づけるように、花さんをいつも観察して、花さんの服装をとにかく真似した。

花さんが身につけてるものなんでも買った。帽子、ワンピース、ニット、スカート、ワイドパンツ、スラックス、ジーンズ、ヒール、スニーカー、ネックレス、とにかくなんでも買った。私に似合うかどうかよりも、花さんが付けているかどうか、私にとってその方が重要だった。

でも花さんと私は何かが決定的に違う気がした。高いものを着ているかどうかではなく、花さんは自分のスタイルを持っている。上手く言葉に出来ないけれど、こう何というか自分なりのスタイルを持っているというか、おそらくマネキンが着ていても、これは花さんの服だなとわかるようなスタイルを持っている。だからきっと、カフェにいるだけで様になるんだろうな。

入社して三年経つと、私は花さんのアシスタントになる事が出来た。私はとても嬉しかった。アシスタントになると休日返上で仕事に明け暮れた。とにかく必死だった。必死に花さんに近づこうとしていた。


花さんのアシスタントになってから、二年ほど経った時、

「佐藤さん、今度の雑誌のスタイリングなんですけど、一人だけコーデを考えてほしいです」

「え!いいんですか!?」

私はこのチャンスを絶対に活かすと、気合いが入った。というのも、実は入社して五年経つのに、未だにアシスタントの肩書きが取れていないのは同期の中でも私だけだ。周りの同期からは、

「まぁ花さんの下だからね、評価とか厳しそうだし、あんまり焦らなくていいんじゃない」

優しく慰められるとそれだけで悲しくなってしまう。私はとにかく焦っていた。インスタとかツイッターでも学生の頃の友達がどんどん仕事でステップアップしていく様子がわかるだけに、未だアシスタントでいる事が恥ずかしかったし、焦ってもいた。今の時代、SNSの発達はコミュニケーションを発達させたけど、それはあまりに人の成功が簡単に届きやすくなった。

でもいざ、自分でスタイリングを作ろうと思った時、私は何も浮かばなかった。目を閉じて一生懸命考えても、浮かぶのは花さんだけ。花さんのスタイリングしか思い浮かばなかった。よくモデルのコーデを真似するっていう人がいるけど、あれって真似してるんじゃなくて、参考にしてるんだよね。だからどんどん真似してオシャレになっていくんだよね。私はただ真似してただけ。何も考える事もせず、ただ真似してただけ。

結局私が提案したコーデはボツになった。

「これが佐藤さんのスタイリングですか?なんだか私のスタイリングと変わらないですね。佐藤さんの個性が何もないというか。それなら私がスタイリングをするので大丈夫です」

大きなチャンスを私は逃してしまった。確かに自分の中では別のスタイリングも頭にあったけど、自信がなかった。

どんなに可愛い服を着て、自分に自信がついたような気がしても、私自身のセンスに自信はいつまでも持てなかった。

「清華ってほんとセンスないよねー(笑)」

大学のトイレで聞こえたあのセリフがいつまでも私の耳から離れないんだ。

急に自分が虚しくなってくる。憧れって、人を強くもするし、弱くもする。私っていったいなんなんだろう。下を向きながら歩いていたはずなのに、マンホールに気づかず、溝にヒールのピンが挟まり転んでしまった。子供の頃はいくら転んでも平気だったのに、大人になって転ぶとなんでこんなに痛いんだろう。ふと足元を見ると、そこには最近購入したばかりのヒールが目に入る。花さんを真似して買ったこのヒール。

このヒールの足跡は誰のものなんだろう。


毎年夏になると高校の頃の部活の仲間で地元の西武ドームに野球観戦に行く事が恒例行事になっていた。私は毎年その誘いを断っていた。とにかく仕事に追われる日々で行けるような余裕がなかった。というか休みを返上して仕事に打ち込まないと不安だった。仕事の情熱?そんなものじゃない。私が休まなかったのは、怖かったから。取り残されるのが怖くて、その不安から逃れる為にいつも無理をしていた。

それでもそんな私をみんなは毎年ちゃんと誘ってくれる。「今年は行ってみようかな」気分転換も兼ねて、みんなに会いに行こう。


「清華が来るなんて珍しいよなー」

「いつも仕事、仕事で一回も来てくれなかったからなー」

「ごめん、ごめん!でも毎年誘ってくれて嬉しかったんだよ」

学生の頃の友達ってほんと不思議。会ってない期間がどんなに長くても会った瞬間に当時にタイムスリップできる。五年振りに会うのに、私達の間に「久しぶり」の言葉は必要なかった。

「でも清華、今日来るなんてほんと運がいいよなー」

「え、どうして?」

「今日試合後にミニライブがあるんだよ」

「ライブ?野球とは関係ないの?」

「西武の金子と源田って知ってる?その二人の登場曲を歌ってる歌手がライブをすんのよ。チケットもそう簡単に手に入らないんだからな」

「そうなんだ、知らなかった!ありがとう、それは楽しみだな」


正直西武ライオンズの記憶は松坂がいた時代で止まっている。だから今のライオンズに私が知っている選手は一人もいなかった。それでもやっぱり現地で観る野球観戦は最高に楽しかった。久々に観るからか、久々の高揚感を味わっていた。

「あ、清華!あれだよ、あれ。金子選手。イケメンじゃない?」

確かにカッコいい。野球選手っていうとどうしてもガタイのいいイメージだけど、金子選手はすらっとしててカッコよかった。


〜そう 風のようには 生きて行けないけれど かっこ悪くても良いから 自分の足跡で 描く地図なら〜


金子選手が打席に向かうと、入場曲がかかった。西武ドームに響き渡ったこの曲は金子選手に向けたはずだけど、なぜか私の胸にも強く響いた。

「カッコ悪くても良いから、自分の足跡で・・・」

「あ、この曲!この曲。試合後に歌ってくれるやつ」

「そうなんだ、なんかカッコいい曲だね。試合後が楽しみだな」

結局この試合中、この曲がもう一度流れる事はなかった。

いつの間にか、試合よりもこの曲をもう一度聴きたいという気持ちの方が強くなっていった。


試合は結局ライオンズが負けてしまった。なんとなくドーム内には沈んだ雰囲気が出ていたけど、ライオンズカラーの煌びやかな衣装を纏ったMs.OOJAがグラウンドに姿を見せると、会場の雰囲気は一気に変わった。

そしてドーム内の照明が落とされると音楽が鳴り始めた。


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孤独な夜が 一つ明ける度に

また君は大人になってく


なくしたものを数えるのはもうやめて

顔を上げ歩き出す その瞬間


声に出したら 言葉にしたら

もう 全てが崩れてしまいそうでも


そう 風のようには

生きて行けないけれど

かっこ悪くても良いから

自分の足跡で 描く地図なら

いつか迷う時にも

ねえ きっときっときっと 越えて行ける


つなぎ合わせた 複雑な出来事の

真実は一つじゃなくても

答えはいつも自分の中にあるって

分かってて人はどうして 遠回りするの


もっと飛べたら 強くなれたら

願うほど 傷ついてしまう日もある


そう 心の旅は

ずっと続いてくけど

もっと自分のスピードで

刻む足音で 歩く道なら

壁にぶつかる時も

ねえ きっときっときっと 信じられる


そう 風のようには

生きて行けないけれど

かっこ悪くても良いから

自分の足跡で 描く地図なら

いつか迷う時にも

ねえ きっときっときっと 越えて行ける

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翌朝、私は下駄箱の一番奥にしまっていたホコリだらけのヒールを取り出し、それを履いた。

ホコリだらけだけど、やっぱり可愛い!


私はきっと花さんの真似をする事で逃げていたんだ。責任を取る事、反省をする事を恐れている。自分自身が否定される事を怖がっている。

でもいいんだ。周りの目なんか気にしなくて。

花さんには花さんのスタイルがあるし、私には私のスタイルがある。

花さんには花さんのスピードがあるし、私には私のスピードがある。

花さんはいつもすごいスピードで駆けていく。休むこともせず駆けていく。

私も同じように休まずに駆けていたけど、それは私のスピードじゃない。花さんのスピードに合わせてたんじゃ、私の靴じゃ足跡なんてつかない。ちゃんと一歩一歩、休みながら、着実に地面を踏まないと私の足跡はつかないんだ。


いつか花さんのように

口数は少なくて多分に漏れず頑固でいつでも控えめで

笑うと可愛くて

でも迷う時は道しるべにそっとなってくれる、

そんな花さんのようになりたいな。


でもそこまでの道のりは私が決める

私の足跡で

花柄の足跡で